代表取締役社長に就任して3年目を迎えました。この間、現場の社員と直接向き合いながら感じてきたのは、組織の「体温」が確実に上がっているということです。
正直に言うと、コロナ禍の数年間は厳しい状況でした。業績の停滞や先行き不透明感の中で、社員はMission・Vision・Value(MVV)に共感して入社しても「どう体現していいか分からない」状態になっていたと感じています。理解や共感はあっても、それを行動に移しにくい、活かしにくい——そんな停滞感がありました。利益を優先する方針や環境要因で挑戦が難しく、なんとなく馴染んだままの数年が続いていたのです。
しかし今は違います。結果を出す事業部が現れ、戦略的に新しい変化をつくりにいっている。今まで提供できていなかった手段で誰かのニーズに応えられる機会が増え、成果が出てくる。そうすると「自分たちのやっていることに自信が持てる」「貢献できている」と実感できる。その自信が次の挑戦につながり、MVVを体現しているという理解につながっていく。このサイクルが回り始めていると実感しています。らせんのように、少しずつ上がってきたイメージです。
2年前と比べれば、はるかに多くの社員やチームが「自分たちの提供価値で現場をポジティブにしている」と感じるようになっています。MVVの体温は、確かに上がっています。これが今の一番大きな変化だと思います。
社員が「自分の仕事を通じて誰かをポジティブにできている」と語れることは、以前にはあまり見られなかった光景です。挑戦が成果につながり、その成果が次の挑戦への原動力となる。この連鎖を経営が意図的に広げていくことが、今後さらに大事になっていくと考えています。
この流れをさらに強固なものにするためには、社員一人ひとりが自分の役割を「挑戦の連続」として捉えられる環境づくりが不可欠です。評価制度や研修だけではなく、日常の中で「小さな挑戦ができる仕掛け」を増やす。そうした積み重ねが、MVVの体温をさらに押し上げていくと考えています。これは経営全体の意思であり文化そのものです。社員が誇りと働きがいを持てる環境をつくることこそ、企業価値向上の源泉になると確信しています。

私たちが事業を展開しているのは、製造、介護、保育、建設といった「止めてはならない領域」です。日本で爆発的に伸びる産業があるわけではありません。私の感覚でいえば、いつも風速2メートル。強烈な追い風はないけれど、逆風もそこまで吹かない。だから景気後退局面に強いのが特徴です。地味に見えるかもしれませんが、社会を支える重要な基盤であり、私たちが誇りを持って挑むべき領域です。
そうした中で、私たちの戦い方は「顧客以上に顧客を理解すること」。クライアントの組織やオペレーションを徹底的に理解し、代わりにマネジメントし、成果を出す。ここに勝ち筋があります。ハイブリッド派遣はその典型で、社員が顧客先に常駐し、ゼロ距離で営業や提案を行う。まさに「ど密着」です。
印象的な事例があります。ある大型コンペに挑戦したとき、十数社が競合する中で、選ばれたのは数社だけでした。条件は非常に厳しく、社内でも「本当に受けるべきなのか」と議論になるほどでした。しかし「頭をひねり倒して」提案を練り上げ、勝ち抜くことができた。全国のエリアを任され、人員が不足していた地域では、他の参加企業に声をかけて協力体制をつくり、必要に応じてスタッフの転籍も進めながら、現場をやり切りました。難しい環境でも「やっぱり自分たちはどこよりも成果を出せる」と社員が胸を張れるようになったのは、大きな財産です。
結局のところ、私たちの力の源泉は“顧客以上に顧客を理解する”姿勢にあります。その姿勢を具体化してきたのがコールセンターなら「受ける力」、セールスなら「売る力」、ファクトリーなら「造る力」、介護なら「護る力」です。これらが組織文化として根付き、景気変動に左右されにくい安定基盤をつくり、同時に新たな成長機会をつかみ続ける力につながっています。
私たちの顧客密着の姿勢は、一度契約をいただいた後も続きます。同じ職場で同じ釜の飯を食いながらスタッフをマネジメントし、顧客とともに現場をつくりあげる。こうした文化があるからこそ、大手クライアントからの信頼を積み重ね、差別化を実現できているのです。

海外事業は、会長の池田を中心にM&Aによって拡大してきました。買収先を検討する際は「足元の業績が良い」「経営陣が優秀で価値観が合う」「強みが明確でメイクセンスする」という3つの基準を外さずに買い進めた。その結果、買収先は高い実力を維持しながら、自治権は現地に残すPMIを進めることができました。これは、スピード感を重視した拡大フェーズにおいては非常に秀でた戦い方だったと思います。一方で、私が引き継いだタイミングでは、市場環境が大きく変わっていました。コロナ禍を経て需要が乱高下し、競争が激化。各社が「自分たちで何とかする」という強い責任感のもと個社ごとでの課題解決に動いていました。それは非常に素晴らしい経営姿勢である一方、企業間でのシナジーやコラボレーションを生み出せていないという課題が浮き彫りになりました。
そこで、各社がつながる場づくりが必要だと考えました。単に買収して各社の自主性に委ねるのではなく、経営の視界を広げ、各社がグループの一員として互いに価値を出し合う仕組みに変えていく。そのための仕掛けが、シンガポールとオーストラリアで始めたCEOミーティングです。背景にあったのは、「経営者同士が互いをよく知らない」という事実です。買収から数年経っても顔を合わせる機会が乏しく、シナジーの可能性を知らないまま距離がひらいている状態。だからこそ、まずはリアルな場で率直に課題を共有し合うことから始めました。最初は自社の優位性を誇示し合うだけでしたが、プロジェクトを一緒に進めるうちに協力の芽が生まれ、2回目には「なぜもっと早くやらなかったのか」という声が出るほどに変化しました。CEOミーティングは単なる情報交換ではなく、「危機感を共有し、グループとしての一体感を育てる場」として機能し始めています。
私が繰り返し伝えているのは、「一体感をつくろう」ではなく「危機感を共有し変化をつくろう」ということ。いいチームを目指すより、まずは1円でも売上や粗利につながるスモールサクセスをつくろう。その積み重ねが信頼を生み、結果的に一体感になる。半年ほど取り組んできましたが、確実に距離感が縮まり、グループ全体の視界が広がってきたと感じています。
海外のCEOたちと定期的にリアルの場で会い、課題をテーブルに出して協力し合う。そうしたプロセスを通じて「各社が単独で戦うのではなく、グループ全体で価値をつくる」スタイルがようやく形になりつつあります。海外事業はまだ課題も多いですが、その課題は成長の伸びしろです。ここから次の成長を生む重要な基盤になっていくと確信しています。現場に近いリーダーの熱量と、グループ全体を俯瞰する経営の視座。この二つをつなぐことが、海外事業の未来を切り開く鍵だと考えています。
2027年から始まる次期中期経営計画の期間は、Working領域で利益を最大化しつつ、社名の由来でもあるInteresting(遊ぶ)、Learning(学ぶ)、Living(暮らす)のILL領域で新しい柱を築く準備期間です。特に建設領域は、今も成長をけん引しています。ただ、現在の成長が長期にわたって続くとは限りません。この先を見据えると新しい柱を並行して育てることが不可欠です。だからこそ、次の3年で「収穫期」を迎えられるように、利益の持続性を高めつつ新たな事業を仕込む必要があります。
一方で、2030年以降を見据えたILL戦略は、まだ芽が出たばかりの段階です。けれども私は「思いつき」でもいいからアイデアを増やし、試行錯誤することが重要だと思っています。経営陣ともよく雑談のように話し合っていますが、働く人をよりポジティブにできるような新しい事業の可能性を探っています。学びや暮らしを支える仕組みや、働きながら成長できる環境づくりなど、さまざまなアイデアを試行段階で検討しています。まだ形のない構想も多いですが、「働く」「遊ぶ」「学ぶ」「暮らす」を通じて人が前向きになれる社会をつくる――その方向性だけは明確に描いています。
こうした試行錯誤の中から、2030年にはWorkingで収益基盤を固め、ILLで新たな柱を立てる。この二本柱を築くことが、私の描く未来です。さらに、2035年にはILLが一定の規模を占めるようにしたい。これは単なる数字目標ではなく、「働く」「遊ぶ」「学ぶ」「暮らす」という人生にトータルで寄り添い、Visionを実現するための道筋です。そのために必要なのは、次の3年間でキャッシュ創出力を高め、新しい投資に耐えられる体力をつけることです。未来を語るには、土台を固める現実的な努力が不可欠だと考えています。
ILLはまだ「思いつき」の段階のものも多いですが、私は思いつきから未来は始まると考えています。社員や顧客、パートナーとの対話の中で生まれる小さなアイデアを拾い上げ、磨き、形にしていく。それが次の10年で大きな収益と社会的価値を生む芽になる。そう信じています。

私はよく「株価を意識した経営をしているのか」と問われますが、当然意識しています。株主の皆さまにお返しする手段は株価です。今200億円台の売上総利益を、数年かけてまずは次のステージにふさわしい規模へと引き上げる。これは、ロケットが大気圏を突き抜ける際に燃料の8割を使うのと同じで、この壁を越えないと次のステージに行けない挑戦です。
ただし、数値だけが目的ではありません。私たちが扱う「働く」という営みは、多くの人が避けて通れないものです。だからこそ「仕事は面白いんだ」「あなたにしかない可能性がある」と信じて、「働く」をもっとポジティブにしていきたい。私たちが挑戦を続けることで、社員も顧客も、そして株主の皆さまや次の世代を生きる人々も、その恩恵を受けられるようにする。これがウィルグループの存在意義です。
最後に、株主・投資家の皆さまにお伝えしたいのはシンプルです。
「私たちの可能性を信じてほしい」
過去や現在よりも「これからやろうとしていることをやれたとき」にこそ誇りを感じます。だからこそ、未来に向けた挑戦に期待し、信じてほしい。ウィルグループはポジティブチェンジエージェントとして、社会をより良く変える存在であり続けます。