社外取締役(独立役員)
腰塚 國博
こしづか くにひろ
株式会社リクルート(現株式会社リクルートホールディングス)で、インターネット部署の立ち上げ責任者を務め、「情報と人との関わり」に従事。2007年以降は楽天株式会社で、基幹事業であるEC事業やその周辺事業の責任者・常務執行役員として事業開発やDXを推進し、企業の大きな成長に貢献。2022年6月より当社社外取締役就任。
2025年3月期、中期経営計画(WILL-being 2026)がスタートして2年経ちました。昨年は経営目標を修正しましたが、これは勇気の要る決断でした。無理な数字を積み上げるのではなく、一度しゃがんで次のジャンプに備えるという選択をしたわけです。背景には、働き方改革や賃金上昇などにより、人材の社会的な位置付けが変わり、人材ビジネスの在り方そのものを見直す必要があったことがあります。建設技術者領域は順調に拡大していますが、「一本足では将来に備えられない」という意識が経営陣の間に芽生えました。私は社外取締役として、国内・海外双方の事業ポートフォリオを一段深いレベルで監督し、解像度を高めるよう努めています。実際、1年前と比べると理解度が大きく上がり、経営議論の質が変わってきたと感じます。
新体制になって3年目、経営層の交代は大きな決断でしたが、世の中や市場が変わる中で、新しい視点を持つ経営陣が新しい取り組みを進められるかどうかが問われていました。前任の社長と取締役が退任し、私と腰塚さんが新たに社外取締役として加わるという大きな体制変更の中で、中計の経営目標修正という社会との約束を改める経験を共にしました。大変なプロセスでしたが、その過程で経営陣の視座が確実に高まってきたと実感しています。成長のための「産みの苦しみ」を一緒に経験したと言えます。
特に海外Working事業の見直しが象徴的でした。角社長が自ら海外事業全体を統括する体制となり、M&A後のPMIも現地と一体で進めるようになりました。人と仕組みの両方にメスが入り、第2ステージに入った感があります。まだ業績的には途上ですが、この変化は会社全体の成長につながる大きな基盤になっていますし、角社長自身の成長にも直結していると感じます。準備期間を経て、次の成長段階に向かっていると強く実感しています。
当社は権限移譲を重んじていますが、事業ポートフォリオ戦略については経営陣が方向性を示すことが不可欠です。例えばAIやブロックチェーンの登場により、人材需要が急速に変化する領域があります。どこに資源を投下し、どこから撤退するかの判断は、現場ではなく経営の責任です。市場全体でドメイン毎の利益性の格差が広がっている中、経営が大胆に舵を取る局面にあります。たとえば、コールセンターのようにAIで急速に代替が進む領域もあり、現場任せでは変化に対応できません。トップが方向を示し、適切な資源配分をする必要があります。
現場では「新たな柱」を必死に模索していますが、経営陣もより大きな目指す姿を示すべきだと思います。例えば「この環境下ではこう進めてきたが、今後はこちらへ舵を切る」といった方向を経営と現場の双方から出し合える関係が理想です。そうすることで、これまでぼんやりしていた未来像が輪郭を持ち、建設技術者領域に続く新たな成長の芽が育っていくでしょう。現場と経営がサンドイッチのように双方向で目標を示し合う体制が整えば、社員にとっての「拠り所」がより鮮明になります。
当社の強みは、派遣社員のクオリティコントロールや顧客との約束を守るという信頼感、そして現場でのオーナーシップです。社員一人ひとりがアンテナを張り、人材不足の兆しを感知してビジネス機会を捉えています。全員参加型経営の文化は大きな武器です。また、海外M&Aの場面でも「ウィルグループと組みたい」と選ばれる存在を目指したい。角社長が中間持株会社のトップを自ら兼任し、現地でハンズオンで関わっていることは、その覚悟の表れです。グローバル展開している競合がスピード優先でPMIを進めるのに比べ、当社は人を大事にしつつ進めています。時間をかけることがリスクにもなり得ますが、角社長が自ら現場に入ることで、ようやくスピードと人材尊重の両立が実現しつつあると感じます。
創業期から受け継がれるオーナーシップは新体制でも健在です。幹部層もピュアで成長の伸びしろを感じますし、課題を素直に開示する企業文化はガバナンスの実効性を裏付けています。これらの強みを支えているのが、透明性の高さです。実際、株主総会でも「取締役会の雰囲気はどうか」という質問が出ましたが、他社のように隠し事はなく、課題や未達も含めてあけすけに共有する姿勢を強調しました。この「透明性」こそが、当社の強みだと感じています。社員との対話を通じても、社外取締役の存在を認識してもらえるようになったのは大きな変化です。
人的資本経営では、事業ポートフォリオ戦略と連動した人材投資が欠かせません。そのためには社員のスキルや経験を横串で可視化し、配置・育成・登用を仕組み化することが重要です。これまで会長の目利きに頼ってきた部分を、今後は仕組みによって再現性を高めるべきだと考えています。AIを活用してアドバンスト・エッセンシャルワーカーを支援できる体制を整えれば、経営のスピードも向上します。こうした仕組みが現場力やオーナーシップと噛み合うことで、「個と組織をポジティブに変革するチェンジ・エージェント」として機能するはずです。
当社は以前から学びの機会を豊富に用意し、社員が自主的に手を挙げて挑戦できる文化を築いてきました。外部から刺激を受ける機会も多く、学びたい人には常に新しい環境が用意されています。これは角社長以前から続く伝統であり、人的資本に価値を置く文化が根付いている証拠です。今後は現場の熱量を構造的に支える仕組みを整えることで、さらに人的資本経営の実効性が高まると考えています。社外取締役の私たちにも情報が逐一共有され、時に過剰なくらいの透明性がありますが、それも学びの文化の一部だと感じています。
私たちはシンガポールやオーストラリアの現地CEOと直接対話を重ねています。1社につき半日以上かけて経営状況や課題を深掘りし、丁寧に議論しました。以前は海外法人同士の交流が少なかったのですが、今では「共通でできることはないか」とシナジーを模索する機運が生まれています。こうした動きは角社長をはじめ経営陣の理解を深め、社外取締役の存在を現地に認識してもらう機会にもなりました。国内でも事業責任者とじっくり意見交換する場を設け、経営課題を共有する体制が根付きつつあります。
海外事業のモニタリングも、共通フォーマットを導入してCEOから報告を受ける仕組みに変えました。横並びで比較できるため、課題や強みを的確に把握でき、議論の質も高まりました。角社長自身が現地を訪問し、幹部だけでなく営業現場のリーダーとも直接話すようになったことで、意思決定の迅速化にもつながっています。こうした積み重ねが「覚悟」として相手方に伝わり、信頼関係を築く土台になっているのです。
こうして海外事業は「あるべき姿」に近づき、グループガバナンスも健全な状態になってきました。以前は中小企業の集合体のようでしたが、今では共通の視点で戦略を描く体制になりつつあります。
一方で、投資家からの評価は十分とは言えません。人材事業は製品を生み出すのではなく、人を通じて価値を届ける事業です。その価値はものづくり企業の評価軸では測りづらく、十分に伝わっていないのが現状です。例えばオーストラリアでは政府や大手金融機関に高度人材を派遣していますが、為替の影響で数値がかき消されることもあります。IR活動を通じて「現地での実際の価値貢献」を丁寧に伝え、企業評価につなげていく必要があります。さらに、成長余地の大きいアジア市場での取り組みを積極的に発信し、投資家に理解を深めてもらう努力が求められています。
2030年を見据えると、現場を重視するあまり未来を俯瞰できる人材が不足していることに一抹の不安があります。建設技術者領域の社員はその領域のことしか知らず、他部門も同様に専門領域に閉じがちです。遮眼革を付けた競走馬のように、隣も未来も見ない状態では2030年を語れません。AIの普及が不可避な社会に備え、AIで仕事がなくなるといった心配よりも、社員一人ひとりが今からAIを使いこなす練習を積むことが重要です。方向を誤らないための「未来洞察力」を養うことが求められています。
企業が成熟すると、役割が固定化して動きが鈍りがちになります。だからこそ、大胆な配置転換を繰り返し、変化を前提とした組織づくりを進めることが大事です。専門性を高めた人材を別の領域に移すことで俯瞰力が育ち、会社全体のダイナミズムが生まれます。私自身、前職では大胆なローテーションを繰り返してきましたが、それが成長の原動力になりました。ウィルグループにも同じ可能性を感じています。既存の枠組みを壊す勇気があれば、2030年は全く違う景色が見えるでしょう。
現在、当社では事業毎や社員毎のLTV(ライフ・タイム・バリュー)を重視する取り組みを始めています。建設技術者や介護従事者など、現場で働く派遣社員のLTVを測ると同時に、社員一人ひとりが自身のLTVを考えることを推奨しています。「自分の成長価値」を意識することで、挑戦や変革に踏み出すきっかけが生まれ、結果として企業価値と社会的評価が高まる。会社も人も社会も共に幸せになる。LTVという概念を組織経営に根付かせることが、次の5年における最大の挑戦だと考え、それこそがウィルグループが持続的に成長していくための原動力になると信じています。