石川善樹さんは、公益財団法人Well-being for Planet Earth財団の代表理事として、世界中の研究者や実務家とともにWell-beingの普及と実践を牽引してきました。
学術界と実社会をつなぎ、国際機関や企業と連携しながら「人がよりよく生きるとは何か」を問い続けてきた、日本を代表する研究者の一人です。
今回のインタビューでは、石川さんに「Well-beingとは何か」という基本的な問いを改めて伺うとともに、ウィルグループの取り組みをどのように評価しているのか、そして経営や社会におけるWell-beingの未来について語っていただきました。
Well-beingとは、端的に言えば「客観的にも、主観的にも、よい状態」です。健康であることだけでも、経済的に豊かであることだけでも足りません。働く、学ぶ、暮らす、遊ぶ——人生のさまざまな場面で「自分らしく選択し、納得して生きられているか」。その総体がWell-beingなのです。
なぜ今、この言葉がこれほど注目されるのでしょうか。私は「Well-beingという言葉は、社会がゆたかさの本質を見失ったので生まれた」と考えています。戦後すぐには「福祉」という言葉がありました。しかし長い時間の中で意味が狭まり、「自分ごとではない」と捉える人が増えてしまった。言葉が生まれ広がる過程で、偏ったイメージがついていき、本来の意味合いを失っていくのです。「満足度」や「エンゲージメント」も同じ道をたどりました。重要な概念ではありましたが、組織の都合に閉じられ、本質を見失ってしまった。
その反動として登場したのが「Well-being」です。人類は繰り返し新しい言葉を生み出しながら、本質に立ち返ろうとしてきました。Well-beingもまた、その流れにあるのだと思います。
この背景には、資本市場の変化も深く関わっています。日本の株式市場は「投資フェーズ」を終え、「回収フェーズ」に入った結果、株主還元が優先されています。配当や自社株買いが増える一方で、従業員や社会への投資が後回しになってきたのです。こうした状況の中で「誰の幸せを大事にするのか」「価値をどう分配するのか」という問い直しが避けられなくなった。その象徴として、Well-beingという言葉が広がっているのです。

私がウィルグループを高く評価している理由は、いくつかあります。
第一に、長く続けてきた歴史とデータの蓄積です。多くの企業が近年になってWell-beingを掲げるようになりましたが、ウィルグループは他が注目していない時期から取り組みを続けてきました。その継続は他社には真似できない強みです。歴史があるからこそデータも豊富にあり、その蓄積は経営や現場に厚みを与えています。
第二に、正解を決めずに模索し続ける姿勢です。「これがWell-beingだ」と定義してしまえば、施策はすぐに形式化し、形骸化します。ウィルグループはそうならず、常に問い直しを続け、新しいデータや方法を柔軟に取り入れている。社会や人の変化に合わせて調整し続ける柔軟性こそが、持続可能性を支えているのです。
第三に、現場の関係性を重視していることです。派遣スタッフや社員同士が支え合い、そのつながりから波及効果が広がっていく。これは他社が容易に真似できない独自性です。ハイブリッド派遣やフィールドサポーター制度といった仕組みは、単なる人材サービスではなく、社会的なセーフティネットの役割も果たしています。現場を起点に社会価値を生むことができるのは、ウィルグループならではです。
そして最後に、本気度です。2018年、ウィルグループの事業活動に加えて、別のアプローチから「人・社会・地球のウェルビーイング」に貢献すべく、池田会長が同じ志を持つ経営者と共に設立した弊財団(公益財団法人Well-being for Planet Earth)は、国内外に影響を与えています。単なるスローガンではなく、社会に本気でWell-beingを広げようとした。そのDNAは今も受け継がれています。
私は、ウィルグループを「経済的価値と社会的価値を両立させる稀有な存在」だと見ています。そしてその根底には、「個と組織をポジティブに変革するチェンジエージェントグループ」というミッションがある。Well-beingを実践する姿そのものが、このミッションの体現だと思います。

では、企業はWell-beingをどう経営に組み込むべきでしょうか。私は「付加価値の分配」という視点を重視します。企業のPL(損益計算書)を見れば、売上総利益から人件費、研究開発費、販管費、税金、最終的な利益まで、どこにどれだけ資源を振り分けているかがわかります。ここに、その企業が誰のWell-beingを大事にしているのかが如実に表れます。
加えて、従業員のWell-beingが高い企業は収益や株価も高い、という因果関係も証明されています。日本でも2000社以上の上場企業が参加している、S&P Global ESG調査は、企業の格付けに「従業員のWell-being」を2023年から組み込んでいます。つまりWell-beingは単なるトレンドではなく、もはや企業価値に取り組む際の「必須科目」なのです。
ただし、Well-beingは数字だけで測れるものではありません。近年とくに大切なのは「主観」、つまり働く人がどう感じているかです。満足度やエンゲージメントといった指標も役立ちますが、それだけでは不十分です。人は仕事だけで生きているわけではなく、学びや暮らし、余暇も含めた全体でWell-beingを捉える必要があります。
その上で、Well-beingの観点から特に重要になるのは「選択肢と自己決定」です。働く時間は人生で最も大きな割合を占めます。その領域で自分に合った選択肢を持ち、納得して自己決定できることは、Well-beingの核心になります。そしてこれは、ウィルグループがずっと実践してきたことでもあります。
最後に、読者の皆さんにお伝えしたいことがあります。私はウィルグループに対して、若い人に挑戦の機会を開き続けてほしいと期待しています。成長の原動力はいつの時代も「新しい挑戦」にあります。若手が安心して挑戦できる環境を整えることが、次の時代のWell-beingにつながります。
同時に、これは投資家や社会にとっても重要です。挑戦の機会を提供し続ける企業は、長期的に見れば必ず強い。困難に直面したときでも、社会から支えられる存在になります。なぜなら、社会的価値を積み重ねてきた企業は「なくしてはならない」と思われるからです。
働くという人生で最も大きな領域において、選択肢を広げ、自己決定を支援する。それは最大の価値提供であり、企業が担うべき使命です。
投資家の皆さんには、Well-beingが企業価値に直結することを理解していただきたい。社員や未来の仲間には、自分の可能性を信じて挑戦してほしい。私はウィルグループがその舞台であり続けることを心から願っています。
Well-beingは一過性の流行ではなく、社会が本質を問い直す営みの中で生まれた必然の概念です。そして、ウィルグループはその実践において他社にはない独自性を持ち、未来に向けて「個と組織をポジティブに変革するチェンジエージェントグループ」として歩み続けています。